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3月になってしまいました

皆様、ご無沙汰をしております。約2ヶ月半振りの更新になります。



更新出来ずにゴメンナサイ。この間も現場には行っていましたが、プライベート的なもので色々とありましてボッ樹的にも年末~年明けの1ヶ月で7Kg程ガレてしまいました。(今は少し戻りましたが・・・)


ようやっと落ち着いてきたのでまた復活したいと思います。最近、自分の時間が殆ど取れないのが悩みと言うかなんと言うか・・・


皆様も体調にはくれぐれも気をつけて下さいね!



質問もいっぱい頂いていて本当にありがとうございます。中々返信できずに申し訳なく思っています。少しづつでも回答していきたいと思っています。




ちなみに・・・

カラオケはこの業界に入ってから打合せ、取材、撮影以外では行っていない気がします。かれこれ10年位でしょうか?昔は、結構行きましたが・・・その時々に合わせて色々な歌を歌っていましたよ~。十八番はありませんが、当時はいざと言う時はオメガトライブとか、スタレビとか、シングライクトーキングなんか歌ってましたね~。



残念ながら男対男には全く興味がありません。と言うかダメです。ただ、ニューハーフさんは興味があります。まだ撮影の機会がないです。



また『ボッ樹』としてのキャラ、台詞、発射の際の声などは・・・

その作品によって男優がある程度自由に出来る場合や監督やプロデューサーの演出に忠実にしなければいけない場合など様々な状況があると言う事がありますのでご理解頂きたいと思います。



これからも、杉浦ボッ樹を宜しくお願い致します。
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史上最強打線(しじょうさいきょうだせん)とは、2004年の読売ジャイアンツの打線の愛称である。命名者は巨人の元監督で終身名誉監督の長嶋茂雄。

なお前年の2003年の日本シリーズにて、「100打点カルテット」を中心とする強力な福岡ダイエーホークスの打線(ダイハード打線)を、一部のマスコミが「史上最強打線」と称していた。[要出典]





目次
[非表示] 1 概要
2 布陣
3 関連項目
4 外部リンク


概要 [編集]

2003年の巨人は、前年限りでニューヨーク・ヤンキースに移籍した松井秀喜の穴埋めが出来なかったことや、投手陣の崩壊によって3位となり、連覇を逃したため、監督の原辰徳が任期を1年残して辞任する事態に至った。 苦戦を強いられた巨人は、大阪近鉄バファローズを自由契約になっていたタフィ・ローズを獲得。また福岡ダイエーホークスから、その年のオープン戦で膝に重度の故障を負った小久保裕紀が無償トレード扱いで移籍。この結果、2003年までに巨人に移籍していた清原和博、江藤智、ロベルト・ペタジーニと合わせて、かつて他球団で4番を打った打者5人が巨人に集まることになった(清原以外の4人は本塁打王のタイトルを獲得している)。しかし小久保は当初1988年に吉村禎章が膝に負った右膝靭帯断裂と同等の故障を負っており、ローズは高齢であった。

一方で生え抜きの選手にも高橋由伸、阿部慎之助、仁志敏久、斉藤宜之、清水隆行、二岡智宏と打力のある選手が多く、また本拠地の東京ドームは本塁打が出やすい構造のため、1980年にチャーリー・マニエル、栗橋茂、羽田耕一らを擁しいてまえ打線と呼ばれた近鉄バファローズ打線が打ち立てたシーズンチーム本塁打記録(239本)の更新がシーズン前から大きく期待された。

結果的に、チーム本塁打は近鉄の記録を更新し(最終的には259本まで伸びた)、打点(719)、長打率(.483)、出塁率(.339)もセ・リーグ1位と、史上最強打線の名に違わぬ成績を残した。

上記のような記録を打線が残す一方で、チーム防御率はリーグ1位の中日ドラゴンズの3.86から大きく離されてリーグ4位の4.50に終わるなど、投手陣は不振であった。巨人の順位は、チームの得点が738で失点が677というように得点が失点を上回っているにもかかわらず、得失点が各々618と691というように得点が失点を大きく下回った2位のヤクルトスワローズに次ぐ3位であった。

長々と言い訳を書いて、しょうもない。
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初めまして。
杉浦ボッ樹です。

まだまだ未熟者ですが
宜しくお願い致します。

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